「110円には沖縄県内の物価も考慮されています。ただし、これは缶製品に限った話で、ペットボトルなどの製品は全国一律価格。原液は全国同価格なので、缶製品の収益は厳しいものがありますが、まあ、企業努力ということで」沖縄の自販機には、100円や50円といったさらにお買い得な値のついた缶飲料を入れているものもある。こちらのほうは、自販機を管理している会社に問い合わせてみた。「うちで扱っている缶飲料の自販機には、複数のメーカーの商品を入れているものがあるんですね。自販機業界は生存競争が厳しくて、売れ行きが悪いとすぐ別のメーカーさんの販売機に替えられたりするんです。だからウチとしては、少しでも安い外国製などの商品を目玉にして、ついでに他社の製品も販売するという方法をとっています」この会社はメーカーではなく、卸売業者。だからできるアラ業なのである。安く販売するということは、それだけ利益が減るわけだが、薄利多売でしのいでいるのが安さの秘密。沖縄の企業は頑張っていたのだ。
考えることは誰も同じで、店の電子レンジは渋滞。ここでは早めの行動が勝負の分かれ目だ。とはいえ、コンビニは次の豊橋にもある。発車まで間に合いそうもないとみたら、潔くもう1駅先までガマンしよう。浜松では、後発の品川始発「臨時大垣夜行」が追いついてくる。この「臨時大垣夜行」は豊橋で「ながら」を追い抜き、終着の大垣に「ながら」よりも早着する。もし、小田原からの乗車で席が確保できなければ、浜松で「臨時大垣夜行」に乗り換える手もある。豊橋では32分間停車。発車後は三河塩津と尾頭橋を除いて各駅に停車し、車内放送も復活する。寝ていればにはうるさく思うが、夏であればちょうど夜明けの時間。晴れてれば、目の出を拝むこともできる。夜行列車最大の魅力は、車窓から眺める夜明けの美しさにあるといっていい。必ずや旅の思い出となるだろう。そして列車は名古屋に到着。ここで後部3両(7〜9号車)が切り離され、全車自出席に。前の車両に移る人と早出の通勤通学客とで、車内は一時雑然とする。車内放送が切り離し案内を始める前、熱田あたりで前の車両へ移動を問始するのが得策だろう。
大好きなナチョスチーズを食べに行くぞ!S子が勇んで出かけたのはメキシコの町チワワ。オープンエアの店でナチョス&コークを手に座っていると、道行く人みんなが声をかけてくれる。目の前の遊歩道では陽気なマリアッチがギターを抱えて歌い出す。今日は日曜、町中がニコニコだ。ああ、なんて楽しいの!そのとき、不意に腕をたたかれた。なに?と振り返り笑いかけると、死んだ顔の女が笑い返していった。「OK?」。も、物乞いさん?うっすらとそう思った。が、あまりのハッピー気分に、口をついて出たのは、「オ、オッケー」その瞬間、前後左右、そして上下から8本の手がにゅっと伸び、彼女のナチョスに激しく群がった。S子は笑顔を少し引きつらせ、彼らに食い尽くされてゆく大好きなナチョスを呆然と見つめながら、コークをすすった。では問題。あなたがS子だったら、どうしますか?世界のいたるところに生息する物乞い。そのスタイルは千差万別。元締めが女にその辺の赤ん坊を抱かせて立たせる、という完全にビジネス化した物ごいから、上記のナチョス事件の人々のように、店に住み着き、残りモノを食べたり、客にたかる王道な物乞いまで多種多様。そんな彼らに遭遇した瞬間、私達は、あげるかあげないか、この選択を迫られてしまうのだ。あげるを選ぶと、とっても損した気になるし、あげないと、なんだか後ろめたい。つまり、どちらをとってもあまり気分はよろしくない。特によろしくないのは、彼らの存在や貧富の差を真剣に思い悩んでしまうこと。そんなことで旅の愉快な気分を壊す必要はない。彼らを完全にシカトしても、まったく後ろめたくない状況がある。それは、重い荷物を背負っているなど、身もココロもいっぱいいっぱいのとき。彼らのために余分な動作をする余裕はない。一方、素直にあげちゃえる場面もある。たとえば、小洒落たレストランにいるとき。この場合、私が「金がある側の人間」に分類されているのは明白。こんなときは気分もちょっぴり優位に立っているので、小銭を出して余裕の微笑み。イチバン小さなコインだけど。要するに、大切なのは状況や気分にあった答えを選択すること。そうすれば、断り切れずに持っていかれた、なんていう被害者意識や、冷酷な自分がイヤ、なんていう自己嫌悪にも陥らず、さわやかにやり過ごせる。ではここで、冒頭の問いに戻ってみよう。ナチョスが食べられない。コレでは被害者意識が残る。しかし、町中がゴキゲンなのに、怖い顔してノー、という度胸もない。とはいえ金を与えてもうひとつ買え、というのもなんだか高飛車。ならば答えは、はんぶんこ。ちょっと待って、と笑顔で答え、半分に分けてあげちゃえば、みんなハッピー、すっきりさわやか!